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小樽の当時双葉高校、緑陵高校で音楽教師をされていた増田又喜先生から『敗戦直後の音楽学生』という青春時代の自伝を頂戴した。今年92歳。しばらく音沙汰がなかったので(というよりこちらから便りをしないでいた)、どうしていられるか、と思っていたがお元気なのだ。一晩で読んでしまった(実は社会に出てすぐ、私は増田先生が指導する「水曜会」という合唱サークルに入れていただいた)。
この本では、戦中戦後の、主として、戦後混乱期の音楽生活に即した自伝であるが、当時の生活とご一家の不幸についても書かれている。ユーモラスな語り口の中に、戦争のばかばかしさ、無意味さが伝わる。ご自分のことを余り話さなかった。このような悲劇を抱えていられるとは。ご両親、お兄さん、妹さんは「満州国第五次黒台開拓団」として移住されたが、敗戦後1年経て、悲しい結果を知る事になる。なんとも痛ましい限りである。

そんな陰りを感じさせない朗らかな先生だった。

増田又喜先生著書DSCN0195

また、増田先生は、小樽の運河保存運動に関わられ、事務局長でいられた時期もある。アイヌの歌の研究と収集などもしておられた。
下の写真は掛川源一郎さんの撮影写真。真ん中増田先生。後ろ姿の帽子が若き日の私。<1980年7月>と、掛川さんの直筆で書かれている。掛川氏の個展の折、写っている人には下さったのだ。

掛川源一郎運河写真

3枚目 水曜会のピクニック。野原で練習した。よき時代!

水曜会ピクニック

職場のコーラスも盛んだった新入社員は自動的に(?)コーラス部に入ることに決まっていた(?)。最近のように人間を文化系、体育系などに分けたりせず(少なくても私の職場では)、野球部の部員もコーラス部に入っていた。うたごえ運動が盛んなころ、昼休み、会議室にオルガンがあって、そこで練習をした。労働歌やロシア民謡も響いたが、<上>から注意されるとうことはなかったよき時代。スマートフォンもパソコンもなかったアナグロで娯楽の種類が少なかった時代。


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