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2014.03.23 天本英世さん
2003年の3月23日、異色の俳優(怪優とも)と言われた天本英世さんが、急性肺炎で亡くなられた.

天本英世さんは、1983年に小樽でのロルカの詩の朗唱に来られた.当時苫小牧にいられた詩人の
佐土原台介さんの紹介であった.私はその頃、天本英世さんの著書「スペイン巡礼」と「スペイン回想」を
読んで感銘を受けていたので、前後もわきまえずお受けすることにした.


これが私が今やっているようなイベントに関わることになった最初である.このときはまだ四十代.
イベントの企画などどうして良いものか判らなかった.
天本さんは小林多喜二を生んだ小樽で、ぜひ虐殺されたロルカの詩を読んでみたいと思われたそうであった.
その熱意が伝わったのは、偶然にもその前に2冊の著書を読んでいたからだった、と思う.

ロルカ朗唱小樽DSCN1358


さっそく有志が集まり準備した.実行委員会メンバーとして協力してくれる方が現れた.
会場は当時色内町にあった魚藍館.北方舞踏派ダンサーの小島一郎さんが快く会場を提供してくれた.

予想以上の集客ができ(なんと200人!)、赤字覚悟だったのが、お金が余ってしまって、どうしようかと困った程だった.

天本さんは、小樽がすっかり気に入られて公演後も数日滞在された.
我々ファンは、大喜びでお相手した.天本さんはお酒は全然飲めないが、健啖家で特に魚がお好きだった.

俳優としては怖い印象しかなかったが、たいへんに気さくで律儀な方であった.
今のようにメールもケータイもない時代、公演のやり取りはすべてはがきであるが、
いつも律儀な楷書で書かれたはがきでお返事をくださった(宝物として大切にしています).

天本英世IN OTARU 1


ファンの皆で赤岩へいったりした.街を歩いていると長身で服装も黒いマントというのでかなり目立つ.
「あ! 死神博士」という人もいたが、天本さんはそれはあまり嬉しくなさそうだった.

あるとき、学生さんにそう言われて「君はそれしか知らないのか」と怒ったことがあった.
せめて学生さんには「ロルカの朗唱者」と言って欲しかったのだと思う.
いろいろな映画に出ているが、演技力はもちろんたしかであった.若い頃の写真はフランスの俳優
ジャン・ルイ・バローにそっくり!

天本英世イン赤岩海岸 1


写真は赤岩海岸にて 1983年 10月.とても寒かったが画家の山田芳生さん(左側)が海へ
飛び込んで泳いだことを覚えている。 


その2年後、私は天本さんの率いるスペイン旅行に参加.忘れられない21日間の長旅であった.
そのときご一緒した方々の数人とは、今もお付き合いしている.

天本さんのご命日は3月23日(あとりゑ・クレールの15周年記念日は3月21日).

九州出身の天本さんの記念館が作られていることを最近知った.また遺骨の一部は天本氏が、常日頃口にしていたように
スペインのグァダビキビル河に撒かれたと聞いている.

天本英世記念館をつくる会
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