11月25日、古い友人とお別れすることになった.
「核」という同人誌で一緒だったが、猫好きなので詩の話をするより猫の話のほうが多かった。
詩友というより猫友であった.

昨年21歳で亡くなったナナちゃんは、私の友人の猫を抒子さんがひきうけてくれた(「くれた」というのは多頭飼いの中にいてしっぽが短いからか、他の猫にいじめられ飼い主が困っていたから).
3歳のシャム系猫だった.

左 故ナナちゃん  右 ナナちゃんとクルミちゃん (いずれも抒子さん 撮影)

クルミとなな村上抒子


2006年5月、ベルギーの小さな町イーペルの猫祭りを見にご一緒した.
猫の事務所通信」の仲間で参加し、私と同室だった.何日もいっしょだったが、海外旅行にありがちな
同室で味わう気疲れというものを感じなかった.お互いのんきなゆるーい性格のせいか?

イーペル抒子


また、うちの猫・珊瑚のお兄さんは抒子さんの姪の方にもらわれている.苫小牧から連れてこられた2匹の見分けのつかない黒猫.選ぶ決め手がなくてどちらでもいいから、お先にどうぞ、といって「残った」のが珊瑚.

お互いに「先に選んでよかった」「残り物でよかった」と思っているよう.

その姪御さんご夫妻が経営する「鶏八郎」で、今年1月猫友(ベルギー旅行の)新年会があった.

鶏八郎

あとで「あの頃から不調だった」と伺い、誰も気づかなかった.

抒子さんはカソリックの洗礼を受けていた.何年か前の大病が、そのきっかけになったようだ.

あとりゑ・クレールへは7月14日にお嬢さんの未来さんと息子さんの英俊さんとで
来てくださったのが最後である.8月にお見舞いにいったときは、痩せていられたが心がしっかりして
明るく話すことができた.その後メールにも返事がなく、心配していたのだった.


抒子さんのお通夜(カソリックだからこうは言わないが)は、とても爽やかだった.詩集を5冊も編んだが、刺繍やキルトも得意だった.それらもビデオの映像で紹介された.
神父さんのお話で今更ながら抒子さんのお人柄に感じ入った.

療養中に、エンディングノートを作られ、天国への階段を上る準備を始められていたのだ.

これを機会に私もそろそろ「準備」をしよう、と思う.


見事な一生(家族にも恵まれ幸せな-長男英俊さんはグラフィックデザイナー・今年のおたる BOOK ART WEEKにシロクマ食堂に見事な作品を展示した)である.








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