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2013.08.15 終戦記念日
8月15日は、私たち家族にとっても別な意味で運命の日といえます.

父は東京で紳士服仕立て業をしていたが、4月の空襲で家が全焼し、古平の漁師の網元の伯父を
頼って疎開.数ヶ月世話になったが、いつまでも家族5人がいるわけにもゆかず、雄冬にいる
母の従兄の家を頼って引っ越した.

伯父の漁船に乗り込んで夜中に小樽港を出港(今考えると密航?).
それが奇しくも8月15日前夜.
途中で漁船の無線が「終戦らしい」をキャッチした.雄冬行きの船がでる近くの村(旅館に1泊)で
下ろされ、確実に敗戦を知った.

そのまま雄冬で暮らすことになる.都会の便利な生活に慣れた私たちには、
村の生活がただただ驚き!そして新鮮だった.電気もガスも水道もない.
もちろんラジオもない生活.

収入の道もない両親はたいそう苦労したはずだが、子供の私たちは、何もない生活がちっとも
苦にならなかった.自然が豊かで海産物も野菜もたっぷりあり、海に囲まれた生活が楽しかった.
虚弱だった心身も鍛えられた.

5年間そこに住んで小樽へ戻ったが、「何もない生活」を今はむしろ懐かしく思うことがある.

最近、上関原発反対運動を続けている祝島へ移った友人からの便りに「ここには何もないが何でもある」
とあった.その意味が判る気がする.

昭和22年の雄冬小学校.先生の名前は加藤先生・校長の奥口先生・宮川先生.

雄冬小学校1


もちろん、この中に私と妹もいる. 皆どうしているだろうか・・・・.

後ろは「ご真影」を入れた建物か?


8月13日の夕方の神々しいような光. こんな形になったのは初めて見た.

夕陽十字架のようDSCN8800
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