5月1日 午前6時32分 版画家のヒロコさんが、逝去されました。あと4日後の5月5日がお誕生日、75歳を迎えるはずでした。
3年ほど前から肺ガンの治療に専念していられましたが、薬石効なく旅立たれました。
11月にご主人の長谷川洋行氏が、不慮の事故で亡くなられたばかりで、重なるご不幸に胸がつぶれる思いです。

余市豊丘町の惠泉塾でキリスト教形式のご葬儀でした。
家族葬でしたが、友人のひとりとして参列させていただきました。
生まれて初めての「弔辞」を読ませていただきました。

薔薇などに包まれた清楚なキリスト教の祭壇にヒロコさんは眠っていられました。
お棺は最後までお世話をした甥御さんの木下肇さんの手になるものでした(釘を使っていないので、お骨拾いの後始末をされた係の方がびっくりしていました)。

長谷川さん亡き後、惠泉塾に入居してからのヒロコさんは、あの個性的な正確ががらりと替わり、穏やかな性格になり、
介護された木下夫妻は、何も苦労がなかったそうです。日曜日の礼拝にも欠かさず参列していたとのお話でした。

最後も苦しむことなく静かに逝かれた、とのこと。

生まれて初めて弔辞を読みました。
緊張したせいか、ひとりで練習したときは涙が出て困ったのに、大丈夫でした。

森ヒロコさん葬儀1jpg

森ヒロコ 葬儀式の栞

一週間前に、身を寄せている余市の惠泉塾にお見舞いに伺ったばかりです。
重篤な病にありながら、同学園の甥御さんご夫妻の手厚い介護を受けて、穏やかに暮らしていられる様子をみて
安堵しておりました。ヒロコさんの寝室からは、イワナやヤマメも登ってくるという渓流や、すでにホオジロが囀っている
林を眺められました。また、夫妻から、食欲もあり、イチゴなどの果物、お刺身もおいしいといって食べるという話も伺い
また来るね、といってお別れしたのでしたが。

1993年2月自宅前で。

①改修前の緑町自宅前で1993年2月10日

ヒロコさんは、日本はもとより、東欧、フランスでもよく知られていました。
何枚か思い出の写真をご覧下さい。

いずれもフランスにて。パリ、オーベール・シュルオワーズ、ストラスブールなどで個展開催。

1996年9月。フランス・ストラスブールでの作品展。ご自身のポスターが貼られていたレストランの前で。

④1996年10

ストラスブールの旧市街にあるギャラリー、瀧澤さん経営のギャラリー・ノールエスト前。
着物姿の日本人女性は、殊に外国では一段と美しく見えます(1996年9月)。

⑨ストラスブール「ギャラリーノルドエストで」2003年9月

猫が大好きだったヒロコさん。町中で猫を見つけると大喜び。オーベール、シュルオワーズ、ゴッホの彫像がある公園で。
病気になる前、「私、猫を飼いたいと思うんだけど…」といわれました。
ヒロコさんが飼うならやっぱり黒猫だろう、と心づもりしていました。

⑦猫とヒロコさん1996年10月 フランス オーベールシュルオワーズ ゴッホの公園にて

私の好きな版画の1枚。「夕暮れ」(絶版)。
猫をモチーフにした作品が多かった。

森ヒロコ 夕暮れ

morihiroko-stasys-museum.com/森ヒロコ・スタシス美術館

長谷川洋行、裕子(ヒロコ)夫妻の偲ぶ会を日を改めて小樽で開催すると伺いました。
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