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森ヒロコさんを慕う版画教室の生徒さんが企画した、追悼展ともいうべき作品展。
主催者が驚く程のお客様がおいでになりました。

ファンの方はもちろん、今まで一度も入館したことのないというご近所さん、近郊の画廊のオーナー、お友達(飛行機で遠くからおいでの方も)、皆ヒロコさんをしのび、その個性的なお人柄などのエピソードを語り合い、、改めて作品を鑑賞し、懐かしみました。

お手伝いは何人いてもよいくらいで、及ばずながら画廊に詰めて、楽しい時間を頂きました。

2003年にご一緒したストラスブールでの写真がみつかりました。ご覧下さい。

このギャラリーは、ヒロコさんと親しかった瀧澤ご夫妻が経営していました。旧市街の素敵なスペースでした。現在はフランスのナントで「Le Pttite Galerie」を経営。

⑪DM森ヒロコ NORDEST

レセプションで、お客様を接待する。ご馳走は瀧澤夫人が前日に周到に用意。郊外のスーパー・マーケットへ買い出しに。
瀧澤氏と通称お良さん。

5ストラスブールスーパー・マーケット

私の旅の,メモをみると、「喜子さんが出かけたあと、良子さんと二人で串カツを揚げる」とあります。「ギャラリーへ持参するのは、おにぎり、おせんべいなどのスナック類、たくわん、ワイン、日本酒など」と書いてありました。オープニングにおいでになったのは、画家のステファン氏、オーストラリア人の画家、日本領事夫妻、柳井伊都岐氏(コルマールに住む画家)、現地の日本人など。

1 森ヒロコおもてなし

因みに、故・柳井伊都岐氏はイーゼンハイム寺院にあるグリューネバルドの有名な祭壇画を模写しており、ライフワークとしていられました。その様子が、NHKなどでも取り上げられ放映されたことがあります。(多分)完成したのち、帰国して関西の実家ににお住まいだったらしいです。

猫がお好きで「次女」という名の猫を飼っていました。コルマールにある柳井氏のアトリエを訪問。

8柳井伊都岐と

柳井猫のコピー

その後、柳井氏は「猫の事務所通信」に「アルザス猫便り」として、猫に関するエッセイを何回か寄稿して下さいました。

パスカルさんという画家さんからの讃辞。日本語訳。

ヒロコ作品への感想

個展を前に、瀧澤さん宅で。珍しくヒロコさんの大笑い。

3瀧澤一家と森ヒロコ

瀧澤家に友人を招く。かいがいしく家事も大好きなヒロコさん。

2ストラスブール2003

順序が逆ですが、行きのドゴール空港で.日本酒がお土産。

10空港でドゴール

すぐ外国人に話しかけるヒロコさん。これも行きの空港待合室。

9空港で森ヒロコ

今頃、天国で追悼展を歓びながらも、あれこれ注文(文句?)を言っているかも。
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森ヒロコ・スタシス美術館は、しばらく休館しておりますが、8月14日から19日までの6日間のみ、開館し、森ヒロコさんの作品を展示しております。

⑮2018 森ヒロコDM2-2 裏20(2)

久し振りに訪れた画廊。何も変わっていず、お二人が元気な時そのままに、時間が止まっております。

版画の作業室ももとのまま。

⑤作業室DSCN0992

⑥DSCN0995

テーマごとにあるスケッチブックも初めて目にしました。どなたもご覧になれます。

⑦スケッチ帳

猫もありました。モデルはうちの故タイスケ? に似ている。

⑧猫DSCN0986

会場には、これまで見たことのない作品もありました。当然のことですが、丁寧な丁寧な作品。

好きな順位が変わった作品「毛糸の帽子」(左)。この作品は、大変に根気の要る作業を強いるので、今はもう作れない、と60代の初め頃にヒロコさんが言われたことを思い出します。

⑪森ヒロコ「毛糸の帽子」DSCN0981

たくさんの草花であふれる中庭も、雑草が増えていますが、変わらない。


右手に咲いているのは瑠璃玉薊。
この花が咲いたとき、ヒロコさんが「植えないのに、どこかから種が飛んできて咲いた」と言われてとても喜んでいました。
10年ほど前のこと。野の花がいつもテーブルにありました。

中庭DSCN0971

展示場には、前の通り、スタシスの絵画とヨゼフ・ヴィルコンの動物のオブジェが。
長谷川氏が大声でドアの陰から現れそうな錯覚…。

⑨

スタシスが直接描いた画にも19年の歳月が示されている。

⑬森ヒロコスタシス美術館DSCN0975

⑭スタシスDSCN0976

絵葉書、ヒロコさんの画集もお求めになれます。
日曜日までです。ご高覧をお待ちしております。

森ヒロコ・スタシス美術館
昨5月1日は森ヒロコさんの一周忌、ご命日でした。
この日に待望の「森ヒロコ作品集」が届きました。
エッチング、クレヨン画、パステル画、色鉛筆画、75歳までの生涯の作品が網羅されています。

morihiroko DSCN0925

morihiroko DSCN0924

私が初めて目にする作品も多いことに驚かされます。

morihiroko DSCN0927

編集を引き受けたのは、お弟子さんで親友でもあった辻中裕子さん。たくさんのお弟子さん達やお友達の協力があったことでしょう。

ヒロコさんの夫君、長谷川洋行氏に、すべてを任されて、たいへんなご苦労があったことだろう、と思われます。

長谷川さんのヒロコさんへのプレゼント、ということで、出版を考えていられたのですが、ヒロコさんより半年も早く、交通事故で
亡くなられました。

今、天国で手を取り合って眺めているでしょうか。或いは気むずかしい処のあるお二人ですから、歓びの中でもあれこれ言っているかも知れません。

私は、ヒロコさんのフランスでの個展に2度同行させていただきました。
瀧澤夫妻の経営するギャラリー「Galerier Nord-Est」はパリとオーベール・シュル・オワーズにありました。

2度目の訪仏の頃は、ストラスブールに移転していました。旧市街の真ん中の素晴らしい環境の中で、和服姿のヒロコさんは、現地の人々に絶大な人気がありました。

ストラスブールのギャラリーノルドエストに①て

子供が大好きなヒロコさん。

ストラスブールの個展会場にて

町を散策する。名所旧跡よりも、街の顔、といったお店を覗くのが大好きだったヒロコさん。1996年、パリマレ地区にて。

パリマレ地区1996てのコピー

1996年、ルーアンで。

ルーアンにて1996



森ヒロコ作品集」 一般書店で発売中。2018年4月20日発行  発行・柏艪社 発売・星雲社 
定価3800円と税


当あとりゑ・クレールでも販売しております。道外の方は、書店に注文してください(送料が高いので)。
お近くの方は、どうぞ当店まで。少し重さがありますので、お車の方はどうぞ。


森ヒロコ・スタシス美術館
Otaru BooK Art Week イベント、本日(10月30日)あと数時間を残して(3日延長)無事終了いたします。

ステンドグラスDSCN0107

市内の美術館の学芸員の方が絶賛する「アリスパズル」。床のひび割れの手法はヒロコさん独特。ALISという文字が隠されているのもヒロコさん独特のウィット。この作品も稀少。

アリスパズルDSCN0104

この期間、今までになく大勢のお客様、主としてヒロコファンがおいでになりました。ヒロコさんとご主人のご逝去をまったく知らなかったという方も多くいらっしゃいました。改めてご夫妻の強烈なキャラクターが多くの方に驚かれながらも、愛されていたことを感じました。

まだしばらくギャラリーは、11月19日頃まで、このままにしておきますので、おいでになりたいお客様はご一報下さいませ。

今日は雪模様。家の前の薔薇の6分咲きくらいのを、切り取りましたらたちまち開きました。
この容器は、長谷川氏が、東欧の蚤の市で購入したもの。NDA画廊の時代に1対の半分1個を購入しました。もう1個はヒロコさんが持っています。

森ヒロココーナーDSCN0109
5月1日 午前6時32分 版画家のヒロコさんが、逝去されました。あと4日後の5月5日がお誕生日、75歳を迎えるはずでした。
3年ほど前から肺ガンの治療に専念していられましたが、薬石効なく旅立たれました。
11月にご主人の長谷川洋行氏が、不慮の事故で亡くなられたばかりで、重なるご不幸に胸がつぶれる思いです。

余市豊丘町の惠泉塾でキリスト教形式のご葬儀でした。
家族葬でしたが、友人のひとりとして参列させていただきました。
生まれて初めての「弔辞」を読ませていただきました。

薔薇などに包まれた清楚なキリスト教の祭壇にヒロコさんは眠っていられました。
お棺は最後までお世話をした甥御さんの木下肇さんの手になるものでした(釘を使っていないので、お骨拾いの後始末をされた係の方がびっくりしていました)。

長谷川さん亡き後、惠泉塾に入居してからのヒロコさんは、あの個性的な正確ががらりと替わり、穏やかな性格になり、
介護された木下夫妻は、何も苦労がなかったそうです。日曜日の礼拝にも欠かさず参列していたとのお話でした。

最後も苦しむことなく静かに逝かれた、とのこと。

生まれて初めて弔辞を読みました。
緊張したせいか、ひとりで練習したときは涙が出て困ったのに、大丈夫でした。

森ヒロコさん葬儀1jpg

森ヒロコ 葬儀式の栞

一週間前に、身を寄せている余市の惠泉塾にお見舞いに伺ったばかりです。
重篤な病にありながら、同学園の甥御さんご夫妻の手厚い介護を受けて、穏やかに暮らしていられる様子をみて
安堵しておりました。ヒロコさんの寝室からは、イワナやヤマメも登ってくるという渓流や、すでにホオジロが囀っている
林を眺められました。また、夫妻から、食欲もあり、イチゴなどの果物、お刺身もおいしいといって食べるという話も伺い
また来るね、といってお別れしたのでしたが。

1993年2月自宅前で。

①改修前の緑町自宅前で1993年2月10日

ヒロコさんは、日本はもとより、東欧、フランスでもよく知られていました。
何枚か思い出の写真をご覧下さい。

いずれもフランスにて。パリ、オーベール・シュルオワーズ、ストラスブールなどで個展開催。

1996年9月。フランス・ストラスブールでの作品展。ご自身のポスターが貼られていたレストランの前で。

④1996年10

ストラスブールの旧市街にあるギャラリー、瀧澤さん経営のギャラリー・ノールエスト前。
着物姿の日本人女性は、殊に外国では一段と美しく見えます(1996年9月)。

⑨ストラスブール「ギャラリーノルドエストで」2003年9月

猫が大好きだったヒロコさん。町中で猫を見つけると大喜び。オーベール、シュルオワーズ、ゴッホの彫像がある公園で。
病気になる前、「私、猫を飼いたいと思うんだけど…」といわれました。
ヒロコさんが飼うならやっぱり黒猫だろう、と心づもりしていました。

⑦猫とヒロコさん1996年10月 フランス オーベールシュルオワーズ ゴッホの公園にて

私の好きな版画の1枚。「夕暮れ」(絶版)。
猫をモチーフにした作品が多かった。

森ヒロコ 夕暮れ

morihiroko-stasys-museum.com/森ヒロコ・スタシス美術館

長谷川洋行、裕子(ヒロコ)夫妻の偲ぶ会を日を改めて小樽で開催すると伺いました。
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